理趣分の研究〜1

最近、朝起きてから理趣分というお経を讀んでいます。
通常の日課として讀むお経もあるのですが、
ご飯が炊けるまでの時間があるので、その時に讀むようにしたのです。
本来前日のうちにご飯を炊く予約をしておけば良いのですが、
どうも前日にやる気がおきず、
最近は朝起きてからご飯を炊いています。
炊飯に限らず、最近はどうもやる気が起きずに何もかも中途半端になっていました😩
ブログも更新せず…
やる気がでない…
まぁ、誰でもそういう時はあると思うのですが、
昔の活動などを見ると、ずいぶん元気だったんだなぁと改めて感心してしまいます。
年齢もあるでしょう。
そんなおり、
理趣分を毎日讀んでいると、
何かエネルギーみたいなものが満ちてくる気がして、
何となく頑張ろうという気持ちになってきたのです。
あれ?
気のせいかなと思いましたが、
もともと功徳の素晴らしいお経と言われているので、
そういうこともあるものかと、このお経に興味が出てきました。
それで理趣分について調べてみようかなと思いました。
しかし、なにぶん長編のお経なので時間がかかります。
だったら、これ、調べた記録をせっかくだからブログに載せてみようかと思った次第です。
…本来のお経の功徳というのは、
現世利益的なものとは別の次元にあるわけですが、
私のような凡夫には、このお経の持つ秘密のエネルギーの様な物が一つの魅力となって、
勉強しようというきっかけとなったわけです。
これは昔、白隠禅師が怠け者の男に対して「お金をあげるから毎日お経を讀め。」と言って、
喜んだ怠け者がお経をずっと讀んでいるうちに、
本当のお経の功徳に気づくという話を昔どこかで聞いたことがある様に、
一つの方便としてお経の現世利益的な功徳があるのだと思って頂ければ結構です。
なんとなれば、このお経を現世利益のみを望んでお経を讀むことになりかねません。
その為に昔のお坊さんはこのお経をあまり一般の方に教えたりしませんでした。
特に理趣分の異訳と言われる理趣経はそうです。
私もお経のもつ功徳のエネルギーにも触れつつ、
このお経の本当の狙いどころを見つけていきたいと思っています。
そうでなければ私もまた罪を負うことになるので、
このブログもすぐに消してしまうかも知れません。
まずは、
ブログを書こうというやる気がまた起きてきたことに感謝して、
これから少しずつ書いていこうと思います。

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