生きる 〜千種丸の物語〜
原案 水谷法周
脚本 水谷香奈
美術・作画 水谷法周
時代が平安から鎌倉へと移ろうかという頃――、尾張の片田舎に、千種丸という若者がひっそりと暮らしていました。
貧しい身なりをしていましたが、実はその出自は、名門平家に連なる武士の家柄。
千種丸は平家の落人の一人だったのです。
『ああ・・子どもたちが楽しそうに遊んでいる声がする。あんな声を聞くと、昔を思い出さずにはいられない。父とともに訪れた、福原京の華やかなさまを・・』
栄華を極めた平家一門は、壇ノ浦の戦いで源氏に敗れています。
千種丸は当時、五歳にもなるかどうかという幼さでした。
父は合戦で命を落とし、母や数名の従者とともに、ごく僅かな荷物のみを持って、命からがらこの地まで逃れてきたのでした。
日々の食糧さえも事欠き、追っ手に怯えながら何年も暮らす中で、千種丸の心には強い憤りと憎しみが芽生えていきました。
『憎い・・。父を殺し、母を苦しめ、何もかもを私たちから奪っていった、源氏の者どもが憎くてたまらない! 頼朝が平家に対してしたように、私だっていつか必ず源氏の奴らを打ち負かし、平家にかつての栄華を取り戻してみせる!』
千種丸はまだ、源氏方の人間に会ったことさえありませんでした。
それでも、幼い頃から母や供の者たちの苦労を見てきた千種丸の心には、源氏こそが憎悪の象徴として、大きく膨れ上がっていたのです。
そんな千種丸を、供の者たちは期待の眼差しで励ましました。
「千種丸様、その心意気ですぞ。頼朝は征夷大将軍、容易に勝てる相手ではありません。しかし、千種丸様も心身を鍛え、同志を募り、時期を過たずに挙兵すれば、必ずや倒すことができましょう」
千種丸は力強く頷きましたが、ふと横を見ると、母はなぜか悲しそうな顔をしています。
『自分がまだ子どもで、ふがいないから、母上を安心させてあげられないのだ』
そう考えた千種丸は、強くなるため農作業の合間に木刀を振り回し、暇さえあれば野山を駆け巡って、足腰を鍛え続けました。
つづく
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